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ESSAY | 一番面倒な美容を、一番リッチでラグジュアリーにする

一番面倒な美容は?もし自分がそう聞かれたら、何を挙げるだろう。

提案は、そこで上がったものに、勇気を持ってお金をかけてみるのはどうだろう、ということ。

「もっと、自分のためにきれいになりたい。」

10代、20代の時は、美容といえば、他社の評価軸で良く動いていた。仲間外れにされないためなのか、好きな人に好きになって欲しいものなのか。動機はさまざまだけど、そこに自分の芯はなかった、ような気がする。

人に見せる美容は、どうしたってお金をかけたくなるもの。
人によるけれど、アイシャドウやマスカラ、一番の接点となる肌づくりのファンデーションだったり、印象を左右する口元のリップかもしれない。
一般的に、人の目によく触れるものは、自分のための美容でもあり、かつ誰か(自分を見る人)のための美容になるのだと思う。
それは仕事のためにスーツを着たり、フォーマルな場の時にふさわしいヒールを履いて出かけることとちょっと似ている。場に合わせるためのファッションであり、美容でもある気がする。

冒頭で挙げた一番面倒な、と書いたものは、面倒と感じやすい、自分しか見ていないもののことを指している。

30歳を超えた私が、あらためて「きれいになりたい」という感覚とともに、真っ先に選んだものは、洗顔料とクレンジングだった。
飾り切った自分を、素に戻してくれる存在。
外に見えない、自分だけのもの。なぜだか強烈に惹かれたのだった。

気に入っている洗顔料が2つある。
クレ・ド・ポー・ボーテの洗顔と、KANEBOのコンフォートストレッチィウォッシュ。毎日の気分で、それぞれを選んでいる。

生花のようなフレッシュな香りに癒されて、ベストコスメ多数受賞の実力派な”彼女”の助けを借りたい時。
最上級の輝きを、泡一つ一つから肌に染み込ませて、極上の肌体験を提供する”彼女”な気分の時。
二人の”彼女”の力を得て、本来落とすだけの時間が、なぜか自分だけのスペシャルな瞬間に様変わりする。

もふもふボリュームたっぷりの泡で丁寧に押し洗いしていく。その感触は心地いいし、美容液並みの金額だからなんとなく泡ですら効きそう。もちろん研究のしっかりされた化粧品メーカーの洗顔フォームであることは重々承知だけれど、心に効く女子のコスメは、なぜだか使ってるだけで「なんか綺麗になる気がする」から不思議だ。

 

自分が一番面倒で、ややもすれば一瞬で終わらせてしまいたくなるもの。それは人によってはヘアケアかもしれないし、ネイルケアかもしれない。でももしかしたら、そこにあえて重めの比重をかけてケアしてあげることで、自分の新たなる可能性を発見できるかもしれない。
何なら、それは100%自分のためであることをおすすめしたい。他人のためというバイアスに揺るがされず、とことん自分だけのもの。それをリッチでラグジュアリーで楽しめるものにしたら、毎日の満足度が、ちょっぴり上げることができるかも。