ESSAY

「しんどい」こそ、夢中になっている証拠。

毎日が、嵐のようだ。

日中は、会社。そして、退勤してからは、個人のプロジェクトやライターの仕事を掛け持ちして、一日中走り続ける日々。

朝は、少しでも豊かな気持ちになりたくてサブウェイでモーニングをして出社してみたり。夜は放心状態で帰宅して、無心でうどんを食べたり。
毎日の食に救われながら、まさに、感覚は、”毎日寝に帰る”だけ。

でも、不思議と、辛くない。

「忙しい=辛い」だと思っていた。
でも実際は、忙しさとしんどさと辛さは、全部別のものだと気づいた。

しんどいのは本当。体は確かに疲れているし、睡眠も足りない。

でも辛いかと聞かれると、違う。

辛いのは、やることがなくて暇な時。
自分が動かせていない感覚、置いてかれている感覚、何も生み出せていない感覚。
あの空虚さの方が、何百倍も辛いのだと思う。

今は、走ることをやめる方が、ずっとしんどい。

このまま走り続けた先にある景色が、見たいから。

「しんどい」は、夢中になっている証拠なのかも。

この頃に行ったお店。